History of xsjazz.com

History

Pre-history
1990年以前ピアノを3歳から始める。中学、高校、大学と吹奏楽部にてトランペットを演奏。大学ではジャズ研にも在籍したが、イベントでのスポット参加にとどまった。
1990年前後滝本博之氏にJazz Pianoを師事。ジャズ系のジャム・セッションなどに頻繁に参加。
バンド(エスカレーターズ)時代:CDリリース、主要なライブなど
1992年エスカレーターズの前身バンド LuvCity (ラブシティ/Sly & Family Stoneの曲からの命名)結成。ホーンセクションを含むバンド。ライブハウスやクラブでライブ活動。ラブ・タンバリンズやWack Wack Rhythm Bandとも対バン。
1993年4月LuvCity 活動中止。エスカレーターズ結成。この頃前後、別メンバー(槌橋雅博b、古地克成dsなど)とジャズのストリート・ライブも行う。8月エスカレーターズ、S-KENプロデュースのオムニバス盤「Jazz Powers」 (Chance / Nippon Columbia。Mondo GrossoやDJ Krash、マンデイ満ちるが世に出るきっかけとなったコンピレーションJazz Hip Japシリーズ第3弾にあたる)に参加。同アルバム収録の Little Big Bee(DJ高宮永徹のユニット)の曲にも堀越はゲスト参加。アコピの音色でソロも結構弾いている。この曲にはシアターブルックの佐藤タイジも参加し、J-WAVE の昼番組のエンディングで流れたりしていた。12月エスカレーターズ、デビュー・ミニ・アルバム「Ammonite」(英語詞)を録音、制作。年末のライブ・イベントTOKYO "CHANCE" MEETINGでは、マンデイ・満ちるや DJ Krashらと同じステージに立った。
1994年3月Ammonite」アナログ盤、UKにてリリース。同時期にUKに渡り、ライブ(Icini Club、Wag Club)およびレコーディング。4月Ammonite」CD、日本でリリース(Triad/Nippon Columbia)。9月1994年3月のUK録音3曲がオムニバス盤「Ladies In Motion」(Triad / Nippon Columbia)に収録され、リリースされる。ここでの楽曲は他のCDに収録されていないため貴重。このCDには浅田香織名義時代のBonny Pink や、Powder (パウダー)の楽曲も2曲づつ収録されている。10月日本語詞1st フル・アルバム「Planet e」(高浪敬太郎プロデュース)リリース。12月下北沢Queにてエスカレーターズ主催のライブ・イベント 「Disconnection」。12月10日の共演ゲストは畠山美由紀がボーカルのDouble Famous。以降、このイベントはシリーズとして数回行われた。
1995年4月?isao osada (tp) 率いるクラブ・ジャズ・ユニット OMU 、ドイツにてアルバムをリリース(ninety-nine records)。堀越個人として3曲参加。堀越個人として Powder のライブサポート数回。DJ TAKADAとはこの時に出会った。6月日本語詞2nd アルバム「Sprite」(笹路正徳プロデュース)リリース。9月「SPRITE」ツアー:全国5ケ所でライブ。
以下、書き足していきます。

個人活動時代

  • 以下、書き足していきます。